会社が吸収合併する際に、多くの従業員が関心を持つのは、自分の立場(役員・社員)や勤続年数などによって、退職金がどのような影響を受けるかです。本記事では、退職金の扱いを中心に、その他の処遇がどうなるかについても解説します。
吸収合併とは
吸収合併とは、合併する会社のうち1社が存続会社として、消滅する会社の権利義務のすべてを承継する手法です。消滅する会社の株主には存続会社の株式を割り当てることになります。M&A後に譲渡側が存続するパターンとはちがい、ひとつの企業に統合されるため、シナジー(相乗効果)を早期に得られることが期待できます。吸収合併は、新設合併とは異なり、新たな法人格が必要とされない点が特徴です。実際のビジネスの場面では、ほとんどの場合、吸収合併が選ばれています。
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吸収合併すると退職金はどうなる?
吸収合併しても勤務は継続しますので、存続会社に勤続年数を引き継ぎ、将来その社員が退職するときに、合計して退職金を計算し、支払います。 ただし、関係者の合意のもと、存続会社に勤続年数を引き継がないで、合併するときに、退職金を清算(打切支給)することも可能です。以下で、詳しく説明します。
満額支給される?
退職金が満額支給されるケースと、そうでないケースがあります。
満額支給されるケース
退職金が満額支給される場合、合併によって消滅会社の権利義務は包括承継され、存続会社にそのまま引き継がれることが一般的です。そのため、合併後すぐには、消滅会社の雇用契約が継続し、退職金が契約通りに満額支給されます。
満額支給されないケース
消滅会社と存続会社の間で、労働条件や雇用契約が合併前に減額方向に統一されることがあります。ただしこの場合、合併前に消滅会社は、従業員に対して労働条件変更を説明し、同意の証として、個別に書類に署名押印をもらわなければなりません。対象者への説明不足や理解不足がある場合、実際の退職金支払い時にトラブルが起こる可能性がありますので、特に注意が必要です。労働条件が不利益に統一される「不利益変更」となる場合は、存続会社の特に慎重な対応が必要となります。
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合併前の勤続年数は引き継がれる?
吸収合併では、包括的に労働契約が承継されるため、勤続年数もそのまま引き継がれます。その結果、合併に伴って勤続年数が巻き戻されることはありません。勤続年数は、有給休暇の日数や退職金の計算に関わる重要なファクターであり、従業員がこれまで積み上げてきた年数が無駄にならないことは、対象となる従業員の理解を得る上で大きなメリットといえます。
なお、事業譲渡の場合、労働者は一度退職した上で譲渡先の企業に再就職することが一般的です。このようなケースでは、勤続年数がリセットされ、全員が1年目からのカウントとなってしまいます。
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いつ退職金を支給する?(合併前に清算する?)
退職金の支給方法は、従業員か役員かによって異なります。
従業員の退職金
従業員の場合、労働条件がそのまま存続会社に引き継がれるため、退職金も、存続法人を将来退職する際に支給されるのが原則です。一方で、存続会社側に退職金制度がない場合には、消滅会社の退職金制度を引き継ぎたくないのが一般的です。そのような場合は、従業員と協議をして、いったん退職金を清算することがあります。ただし、退職金規程が不利益変更に該当する場合は、労働者の個別合意を取得する必要があります。
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役員の退職金
役員の場合も、退職慰労金を、消滅会社で清算して支給することもできますし、存続会社に引き継ぐこともできますが、合併を決定する消滅会社側の株主総会で、役員への退職金支給についての承認を得る必要があります。
なお、関連する法人税のルールを幾つか紹介します。
役員退職金の損金算入時期(原則)
会社が役員に支払う退職金は、その金額が適正であれば経費(損金)として認められます。通常、株主総会で金額が正式に決定された事業年度に経費として計上することができます。
実務上の柔軟な対
実際の支払いのタイミングに合わせた損金計上も認められています。つまり、株主総会での決議後に実際に支払いを行った事業年度に、損金とすることも可能です。
注意すべきポイント
正式な金額確定前に取締役会で仮の金額を決めて未払金として計上しても、その時点では損金として認められません。これは、役員退職金の金額は株主総会での承認が必要という原則に基づいています。
合併時の特別な取り扱い
消滅会社の役員が合併により退職する場合、合併承認総会で退職金額が確定していなくても、合理的な計算方法に基づいて算出された金額であれば、合併前日の事業年度に未払金として計上することができます。これは、合併という特殊な状況に配慮した例外的な取り扱いといえます。
兼任役員・役員就任に関する取り扱い
上記の合併時の特別な取り扱いは、以下のような役員にも適用されます。いずれも、存続会社においては役員として勤務が継続される「打切支給」に該当します。
- 消滅会社と存続会社の役員を兼任していた者に対して、消滅会社の方の退職金を清算する場合
- 消滅会社の役員を退任して、存続会社の役員に就任する者
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退職金以外の処遇はどうなる?
企業の吸収合併が発表されると、多くの従業員が自身の雇用や待遇について不安を感じます。特に吸収される側の従業員は、リストラや労働条件の大幅な変更などを心配するものです。ここでは、退職金以外の吸収合併時の従業員の処遇について解説します。
吸収合併による解雇は法的に制限される
吸収合併というだけを理由とした従業員の解雇は、法律で禁止されています。会社法第750条では、吸収合併時に従業員との雇用契約は自動的に引き継がれることが定められています。仮に人員削減が必要な場合でも、合理的な理由と適切な手続が必要となります。
労働条件を変更する際には、従業員への事前説明と書面での合意が不可欠です。多くの場合、一定の移行期間を設けて段階的に条件を統一していく方法が取られます。
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既存の労働条件は原則として維持される
吸収合併後も、従業員の労働条件は基本的に変更されません。これは会社法の規定により、消滅会社の権利義務が存続会社に包括的に承継されるためです。グループ会社同士の合併(親会社による子会社の吸収合併)においても同様で、従業員の同意なしに不利益な変更を行うことはできません。
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合併後の具体的な待遇について
吸収合併後の従業員の処遇については、様々な側面から検討が必要です。以下に主な項目について説明します。
役職
組織の再編に伴い、役職者の再配置が行われるのが一般的です。部署の統廃合により、同じ役職が重複することを避けるため、一部の管理職は異動や降格の対象となる可能性があります。このような場合も、十分な説明と協議のプロセスが必要です。
給与
給与体系は当面の間、合併前の基準が維持されます。ただし、同一企業内で異なる給与体系が長期間存在することは望ましくないため、通常は段階的な調整が行われます。この過程で給与が低下する従業員に対しては、調整給を支給して激変を緩和することが一般的です。
社会保険と雇用保険
社会保険と雇用保険は、適切な手続を踏めば継続されます。特に雇用保険については、「新旧事業実態証明書」の提出により、合併前後で同一の事業主として扱われます。
有給休暇
有給休暇の権利は合併後も継続します。勤続年数に応じた付与日数も引き継がれるため、従業員が不利益を被ることはありません。ただし、有給休暇の買い取りについては、法定外の特別休暇を除いて原則として認められていません。
福利厚生
社宅や家賃補助などの福利厚生は、原則として従来通り維持されます。ただし、経営効率化の観点から制度の見直しが行われる場合もあります。その際は従業員との合意形成が不可欠で、代替措置の検討なども含めた慎重な対応が求められます。
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吸収合併後の退職金その他処遇のまとめ
吸収合併時の退職金等は、従業員に大きな影響を与える問題です。そのため、吸収合併が実施される際に提示される労働条件を十分に説明し、理解を得ることが必要です。不十分な説明で、従業員の納得が得られていない状態で署名捺印を行ってしまうと、後々、大きな労働トラブルが起こりかねません。このような事態を避けるために、専門家のサポートを受けながら適切な吸収合併が実施できるよう注意を払いましょう。
みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社として10年以上の業歴があり、中小企業M&Aに特化した経験実績が豊富なM&Aアドバイザーが多数在籍しております。みつき税理士法人と連携することにより、税務面や法律面のサポートもワンストップで対応可能ですので、M&Aをご検討の際は、成功するM&A仲介で実績のある、みつきコンサルティングに是非ご相談ください。
著者
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。
監修:みつき税理士法人
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